小さき花を、めでるように

金木犀の香る小道。

6歳の子と散歩していると
昨夜みた夢の話をされた。

とてもリアリティがあって、
目が覚めてもどちらが夢か
わからなくなった、と
そんなことを話してきた。

「もしかしたら今みてる
こっちが夢かもしれないよ」

と僕は応える。

続けてこう付け加えた。

「こっちとあっち、
どちらが本当の世界かわからないけど、
どちらでも楽しくすごせるといいね」

と。

うん、そうかもしれないね、
そうに違いないね、
という返事。

幸せといったものは
ひとによって違うのだろうけど、
楽しく過ごせて気分が良い方がいいだろう。

それが夢であっても
現実であっても。

そんなことを子どもと
話しながら散歩をして
秋を感じている。

金木犀って香りも素敵だけど、
散った花びらも小さくてかわいいね
なんてふたりで話していた。

甘く優しい金木犀の香りも
可愛らしい花びらも
頬を撫でる秋風も
彩られたKIGOかもしれない。

夢か現実か
どちらであっても
気分の良い方がいいに決まっている。

気分や感情を無視して、
理性的な判断をしてしまう。

気持ちではわかっているのに、
正しさを優先してしまう。

まずは目の前のKIGOを
心地よく受け取るところからだろう。

真実に迫るのはそのあとだ。

僕の住む智頭町の山奥にある
みたき園の厨房にはこんな言葉が
掲げてある、、、

小さき花を、
めでるように

幼少期より私が影響を受けた人たちから学んだことは「成長」と「挑戦」です。自己研鑽しチャレンジし続ける。その姿を通じて次世代を担う若者達、 同世代のリーダー達と役割を発見し、希望をもたらすことが自分の使命だと思っています。

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