温度感と匂いと舌触りと

あるフレンチレストランでの会食でのこと。

カトラリーによって味が変わることが
軽視されつつあるという話になった。

最近はアイスクリームスプーンを見かけない。

見た目にばかり気がいって
本来の味を愉しむ理由で
カトラリーは選ばれなくなったからだ。

味ばかりでなく、
銀スプーンでのアイスの断面はキレイなのに。

銀食器といえば贈り物にも選択される
今では貴重なもの。

もともとはステンレスの方が貴重だったが、
量産できるようになり、
天然素材より安くなった。

銀食器だと盗まれて
レストラン経営に影響出るから
ステンレスに変わっていった。

でも、格好がつかなくなってきたので
シルバープレートが出てきた。

シルバーメーカーのクリストフルの誕生など。

かといって銀食器が全てではない。

例えば、キャビアスプーンは金を使用する。

金でないとダメな理由は
他の金属だと悪くなってしまうから。

他の金属でキャビアを扱うくらいなら
プラスティックのスプーンの方が良いくらいだ。

スプーンだけでなくフォークなども
長いフォークだとスッと食材を取れて
そのまま味わえるように、
デザインされていた。

食器の本質から導き出されて
設計されていたけども、、、

現代ではアンティークのカトラリーより
今のステンレスのカトラリーの方が
「映え」の文法にあっているから、
アンティークの食器が軽視されているのかもしれない。

実用物としての純銀やアンティーク食器を
扱っているレストランは今やどこにもない。

だからこそ。

だからこそ、
独立した知り合いのパティシエに
手持ちのアンティーク食器を寄贈したと
話してくれた。

カトラリーによって、味だけでなく
食の体験が変わるからだ。

実はアンティークの食器を寄贈する際に
一枚割ってしまった、と。

高い安いの問題じゃない。

いくら積んでも手に入らないものがある。

それがアンティークであり、
それだけ恐る恐るになってしまう。

だけど、友人が言った。

「割れたら運命だと思う方が良い。守ろう守ろうとするから余計にコストがかかる」

と。

うまくいったとき、うまくいかなかったとき、
思い通りにいったとき、思い通りにいかなかったとき、
どのようなメンタリティで接するか、
解釈するかによって、
心の軽さが変わるようにも思えた
気づきのある晩餐だった。

最後に魯山人のこんな言葉を、、、

「食器は料理の着物である」

1日1組限定で15万円、、、
中身は一緒だけど皿代と言われているけど、
そこに価値を見出す人がどれだけいるのか
興味深いところ。

幼少期より私が影響を受けた人たちから学んだことは「成長」と「挑戦」です。自己研鑽しチャレンジし続ける。その姿を通じて次世代を担う若者達、 同世代のリーダー達と役割を発見し、希望をもたらすことが自分の使命だと思っています。

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